ゼロから一枚の立体マスクができるまで

はじめに

 2020年8月、新型コロナウイルス罹患者の増加がとどまることを知らない中、我が家の使い捨てマスクはそれと反比例するように減少の一途を辿っていた。社会全体ではマスクの在庫不足に一定の目処が見られつつも、UNIQLO・無印良品・SHARPなどがオリジナルマスクの販売・供給を開始するなど、一気にコモディティ商品として脚光を浴びるこのマスクというアイテムについては、自覚も甚だしいこの偏屈な性格も相まり、コモディティに埋もれるアンチテーゼを見出したい日々が続いていた。このご時世で外出機会も極端に減り、専ら近所のスーパーが数少ない市場を感じる生活となった昨今において、一抹どころではなく健康的な不安(特に体重というバロメータ)を抱えつつも、有事の外出がなくなる気配は見えないことから、依然マスクの重要性は見落とすことのできない課題であった。

自然発生的な周知により、元々フォーマルな装い(もとい、服飾という文化について)に一定の関心がある性格は凡そご存知の通りと推察するが、自身の身に纏う繊維については多少のこだわりを持つ信条であり、それはマスクであっても例外ではなかった。そこで、市場に溢れている画一的なマスクには目もくれず、まずは全国のテーラーが作っているマスクを中心に調べを進めた。実際にマスクの販売を行っているテーラーもあったが、もちろんその叡智と時間の結晶は販売価格として存分に跳ね返ってくるものであった。畢竟、繊維が重要だとか、服飾に関心があるとか抜かしたとしても、実際の我が家の金銭事情の前には、逡巡を余儀なくされるものであったのである。

ならば、自分で作ってしまえばよいのではないか。その考えに至るまでに多くの時間を必要とはしなかった。しかしながら、書籍を高さ順に並び替えなければ気がすまないという、素晴らしく他人ウケの悪い繊細さを持つこの性格は、眼前に立ちはだかる裁縫分野に活かされたことなどこの人生で一度もなかった。小中学校の家庭科における成績は推して図るべきものであったし、そもそも指の関節を鳴らす癖により肥大化の傾向が見える手指では、繊細な手縫い作業との親和性は水と油であろう。しかしながら数少ない長所とも言える、「未開拓分野を広く浅く知っておきたい」という欲求が行動をあと押しした。今回は、以下にして冒頭画像のマスクを完成させるまでに至ったかを、なるべく自身の思考や判断ポイントなどを交えながら紹介しようと思う。

生地選び

 マスクというものは基本的に、ある程度の面積を持つ生地(主に布地)に、耳掛けとなるループ紐によって構成されている。もちろん人工素材のものであれば一体型のものもあるが、ある程度の伸縮性を持った素材を立体的に裁断するという技術が容易に想像される以上、このパターンでの作成は困難と判断した。では、制作に必要な生地をどのように入手するかという問題があるのだが、興味を持って訪れた雑貨屋(西荻窪にある「FALL」という名のお店 ※興味の源泉は、三品輝起氏の「すべての雑貨」という書籍を読んだことによる)に、ヴィンテージの端切れセットが売っていたので迷わず購入を決断した。結果的にこれらの生地は、生地寸法の不足によりマスクになることはなかったのだが、東欧のリネン生地の詰め合わせということもあり、いずれはコースターや各パッチワーク作品として日の目を見るようにしていきたい。

※FALLで購入した生地詰め合わせの一部。理念のヘリンボーンやギンガムチェックなどバリエーション豊富で良いチョイス

では、冒頭画像のマスク生地はどこから入手したかというと、すでに数年衣服として着用したものを再利用することにした。薄いブルーのマスクはかの「Brooks Brothers」のパジャマ生地から拝借した。このパジャマについては数年寝食を共にしたものであり、ほつれや擦り切れ、裾に至っては数センチに渡って破けが発生し、任期満了につきそろそろ捨てようか迷っていたものである。しかしながら、それだけの期間を共にした衣服は当然愛着もあり、今回初のマスク作りの生地という、相当にリスキーな役回りをお願いすることにした。依然、テレ東のビジネス番組で、自分が来ていた生地をリメイクして服を売り出すビジネスを紹介していたが、この顧客側の想いを垣間見た気もする。もう一つ、シャンブレー生地のようなものは、妻が着用していたUnited Arrowsのシャツの生地である。こちらも十分に活躍をしてくれたため、数百円の利益が出ればとオークションサイトに出品していたのだが、それよりかはマスクとして蘇ったほうが良いと感じ、出品を取りやめチョイスしてみたのだ。こうして、マスクの生地については、特段専門店などで購入することもなく選定を完了したのである。

※Brooks Brothersのパジャマ。今回はボトムの生地のみを使い、トップス側はまだルームウェアとして現役使用中(

ミシン選び

 次は、この不器用な手指の代わりを果たすミシン選びである。もちろん、裁縫とは程々縁もない生活のため、ミシンなどが家にあるはずもなく、周辺知識を含めて一からの情報収集となった。(ちなみに、唯一自宅にあった裁縫関連のものといえば、小学校の家庭科の授業で購入したコウテイペンギンがメインビジュアルの裁縫セットであった。男心をくすぐるドラゴンのデザインでなく、少し中性的なペンギンというモチーフを選んでいるあたりが、同質化したくない偏屈な性格を存分に反映しているようにも見える。閑話休題。)それから調べを進めると、「JANOME・BROTHER・JUKI・SINGER」といったブランドがこの寡占市場でしのぎを削っていることが理解できた。そして、家庭で代々受け継がれるミシンがあり、それにより一定のメーカーの派閥があることも同時にわかった。しかしながら、そのような伝統的な着眼点は気にかける必要もなく(その文化に触れたことがない)、単純に決定要素として重要な「価格・機能・デザイン」で比較することにした。以下は当時調べた要素から重要だと感じた着眼点抜き出したものである。

【価格】安いもので1万円台くらいからが実用性に耐えうるようである。高いミシンは10万円超も珍しくない。コンピュータミシンというデジタル化の恩恵を受けた高性能なミシンもあるようだ。また、家庭用・工業用とカテゴリも細分化されており、各々の得意分野があるが、今回はやはり過程用であろう。また、販売価格とミシンの重量は凡そ比例の関係にあり、この理由としては、各パーツの素材などが依存関係にあり、一般的に重量があるものほど、軸がぶれたりせず安定する意味合いもあるようだ。

【機能】自動糸切り機能、上糸/下糸の自動調整、縫い方のバリエーションなど、高機能になればなるほど、通常ルーチンにおける手間が省けるようになったり、豊かな裁縫表現ができるようである。また、高機能のものであると、オンスのある生地の縫込みなどが用意になり、多様な生地に対応できるようになりそうだ。

【デザイン】まず、ミシンのほとんどは「白」が基調となっている。おそらく「手元が見えやすい」という使い勝手と深い関係がある理由と推察するが、実用性に特化しておりそれ故に少し淡白な印象も受けた。「アンティークミシン」というコレクター心をくすぐるミシンもあることに気づいたが、当然動作保証などは皆無かつ、使い方についても現代メディアの恩恵に預かれるか不安であるし、とにかく場所を取ることが最大のネックポイントであったため、心揺さぶられたが候補からは削除した。一部、ネット展開のものであれば「ブラック」のようなカラーがあることも知り、ミーハーではあるが、インテリアに溶け込む点で惹かれていた。

これらを調べた上で、ミシン専門店にも伺い直接話を伺った。わからない領域に手をのばす場合は、関節情報だけで判断しないのはある意味自身のモットーでもある。懇親丁寧に答えてくださって店員は上記のようなことを肯定しつつ、マスク作りという具体的な用途に立つ場合は、「5万円」程度のミシンで十分ではないかというアドバイスをくれた。また、当該店舗で購入の際は修理サービスや使い方講座など、これからの裁縫ライフを応援する制度が備わっていることも付け加えてくれた(実際、コロナ禍で需要は高まっているのだそう)

そして、これらの情報から、一台のミシンを購入するに至ったのだが、それが下画像の「SINGER SN773K」である。購入の決め手となった判断ポイントは以下である。

【価格】定価2万円前後のハイコスパで文句なし。店員が薦めてくれた観点も考慮にあったが、マスク自体の製作ハードルは裁縫の世界でも比較的低めと判断し、ローエンドのものでも対応出来ると判断。重量も7kg前後と同価格帯のミシンより約1kg~1.5kg重く、安定して作業ができそうである

【機能】上糸/下糸の調整機能はないが、マスクの生地程度の厚さにおいて大きな影響がないと判断。その他機能は充実しており、フットコントローラーとボビンなどのすぐに開始できるセットが付属しているため、すぐに作業を開始できるのもポイント。

【デザイン】王道の白を購入するならどっぷりハマってから。今はインテリアとの調和を重視。ロゴの赤とダイアルのゴールドが少しばかりアンティーク感のある配色で◎

【その他】AMAZONのレビューが他社同価格帯より平均してよく、ステマっぽい書き込みが少なく感じた。購入先の楽天市場のショップでは値引き施策を展開しており、購入金額が相対的に下がった(実質1.6万円くらいで購入)

 

※購入品のSN773K。シンプルかつ収まりも良いので、生活の一部としての溶け込みが素晴らしい。

裁縫道具選び

 生地・ミシンと来たら、後は裁縫作業を円滑化させる道具たちのチョイスである。もちろん先述したコウテイペンギンの裁縫道具を使ってもよかったのだが、この性格がそれを許すわけもなく、一から商品やブランドを探して揃えていった。その中で気になったメーカーが見つかり、基本的にはそこを中心にそろえていくことになる。それは横田株式会社が展開する「DARUMA」というブランドであった。

もちろん、裁縫好きの界隈にはお馴染みのブランドであると思うが、個人的に琴線を揺さぶられたのは、シンプル&クリーンなWEBサイトを中心としたトンマナであり、製品写真やパッケージにこだわりが多く見られたことである。家庭でのサイクルが中心となり、実用性に重きを置かれがちな裁縫業界というビジネスモデルの中、一見ポートフォリオとして配分の薄そうな「ブランディング」に力を入れていることに感銘を覚えた。都心の大手手芸ショップとして「ユザワヤ」と「オカダヤ」があるが、比較的ニッチなアイテムを揃えるオカダヤにはDARUMA製品も垣間見えたが、大衆的なラインナップが強いユザワヤにDARUMA製品は置いていなかった(見落としであれば申し訳ないが)。その代わり、「cotogoto」という「暮らし」を提案するショップには多数展開されていたりと、手芸というカテゴリにとどまらず、ライフスタイルを提案するような姿勢が根底にあるのかと考えを思い巡らせた。東京のデザイン会社であるSyuroと共同したブリキ缶の裁縫ケースを提案したり、型紙と生地を同時提案したりと、おそらく「裁縫に関する問題解決」ではなく、「裁縫がある生活」を売るメーカーだと感じ、自身の完成と親和性が高まった結果、購入につながった。

※DARUMAの糸切りバサミ

※DARUMAの針山

※DARUMAのミシン糸

その後も、関連道具を集めていった。まち針や洋裁バサミ、ロータリーカッター(生地をピザカッターみたく裁断するもの)、ゴム紐などを新たに買い足し、これでマスク作りの準備は整った。

※ふるさと納税でお礼の品としていただいた播州刃物の洋裁バサミ

※Made in Japanのまち針。小さくも視認性の高いデザイン、質実剛健なメーカーの商品ということでチョイス

※ロータリーカッター(OLFAが一定の人気を誇っていると判断し購入)

 

型紙の制作

 さて、一通りの準備を整えたところで、マスク制作に入るわけだが、一口にマスクといってもいろいろな形状があることは先述の通りである。作り方と型紙が別途必要なことから、それに関する情報を集め始めた。そして、いわゆる「立体マスク」とカテゴライズされる形で、2パターンのデザインで制作することにした。早速WEBで拾った作り方で制作してみると、妻にはジャストフィットだが、私には少しばかり小さいことがわかった。この、一旦試作してみると、改善点や今後の方向性が見えやすいので、進め方として比較的重用している。対応方法として、印刷範囲を拡大して対応しても良かったが、より精緻に作りたいとIllustratorで新しく形を引き直し、少しばかりのエンタメ要素(自身で営んでいるキャラクター)を登場させて、印刷用の型紙を制作した。

【立体マスク型紙① ※個人用途に限る】

【立体マスク型紙② ※個人用途に限る】

 

ここから本格的な制作に入るのだが、幾分制作自体に夢中になっており、細かい描写は過程が多すぎるので省略することとする。例えば、ミシンの上糸が外れたり、生地の上下を間違えたりと、問題の大小問わず最初は悪戦苦闘した。しかしながら、こなれてくると、生地の裁断からマスクの完成まで20分〜30分くらいで終わるようになった。こうしてマスクは完成した。完成品の詳細は以下である。

 

【立体マスク① ※表生地:United Arrows 裏生地:Brooks Brothers】

立体マスク①の完成形がこちら。上下にギャザーのような膨らみがあり、鼻と顎部分を覆ってくれる。生地の総面積が少なくて済む一方、生地1枚の面積が大きめのため、大きな生地を持っている人にオススメしたい。また、ゴム通し部分を作る時にミシンにかけるのだが、生地が重なり厚くなるため縫いづらく難所である(持っているミシンでギリギリなので、より上位互換のものであればおそらく大丈夫)。立体マスクというよりも、市販で売っているプリーツ型マスクに近いデザイン。

 

【立体マスク② ※両面生地:Brooks Brothers】

立体マスク②の完成形がこちら。中央に向かっての曲線が優美であり、これぞ立体マスクという形状である。生地は合計4枚必要だが、慣れると比較的簡単に作ることができ、難易度の高い場所が少ないように感じる。特にフォーマルなスタイルに合わせるのであればこの立体マスク一択だと思っている。

おわりに

 内省してみると、おおよそ効率などの考え方とは程遠く、エアリズムマスクなり、使い捨てマスクなりを購入したほうが、実用性・コスパ・値段的にも優位に働くのは間違いないだろう。関連商品の購入でおおよそ2万円強を払い、今のところできたマスクは7枚である。テーラーのマスクを1枚3,000円で買うという贅沢嗜好とトントンくらいとは、自作マスクを0から作るというのは、市場活性化に大きく貢献するものであると実感した(結果的に、裁縫業界は現在引く手あまただと聞く)。おまけに、それなりの習熟の時間と失敗はつきものであり、一朝一夕だと思って作業に取り掛かると、思わぬ落とし穴が待っていることだろう。しかしながら、このように普段の生活に薄かった観点を、何かがきっかけで意識するようになった結果、業界・考え方・メーカー・ブランドなどを知り、そして自らの手を動かして形にしていくことは、非常に有意義であるし満足感も高い作業だと実感した。

裁縫に関する抵抗感が薄まり、次はオリジナルコースターを作ってみようとか、ツイードのマスクは作れないか?とか、妄想は膨らむばかりであるが、実証的な観点で営んだこれまでを、一旦WEBサイトに残すことにする。誰かしらの生活にこのエントリーが貢献できていればこれ幸いである。

【Special Thanks】

FALL(三品輝起氏が営む雑貨屋) 

SINGER SN773K

DARUMA

・播州刃物 洋裁バサミ

オカダヤ(裁縫小物やゴム紐はここで購入)

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